「わっぷ!」
一際強い風が吹いて、隣を歩いていた子供が妙な声を上げた。
「くわー、ぺっぺっ」
「・・・君はさっきから何を奇声を発しているのだね・・・」
意味不明な言葉が続いた事に、思わず突っ込んでしまった。
「今の風で砂が口に入ったんだよ!」
うえー、と舌先を出す子供に。
「大口開けて喋っているからだろう」
と暗に人の悪口ばかり言っているからだ、とコメントした。
「うるせぇなぁ」
まだ口内に異物を感じるのか、いつものような怒濤の嫌味返しが無い。
「まったく。ほら、ついでだ、さっき通り過ぎた店でお茶でもするとしよう」
店で洗面所を借りて来ると良い、と方向転換を図ると、
「いーよっ、何が悲しくて大佐と顔つき合わせて茶しなくちゃなんねんだ」
先ほどよりマシになったのか、今度は盛大な文句が返ってきた。
「君ね・・・。人がせっかく・・・」
「恩着せがましく言ってんじゃ・・・ぶっ!」
再びの突風。
「人の厚意を無駄にするからだよ」
風の煽りをモロに食らって、渋面する子供。
「くっそ、テメエがロクな事言わねぇから!」
「ーーーあくまで人のせいかね」
天邪鬼が、と口元がヒクリ、とする。
「おうよっ」
へん、とそっぽを向くのに。
「鋼の、君、髪も食べているぞ」
「ん? んーーーー?」
細い金糸だから本人は気づかなかったのだろう。
乱れた前髪の一部が唇に貼りついていた。
「・・・益々食べているぞ?」
「アンタが余計な事言うから!」
指摘されて口元をモゴモゴと探るように動かした拍子に、抜けた一本が奥に入ってしまったらしい。
不快そうに、追い出そうと口をムグムグと動かして。
「だー、取れねぇ!」
指先で舌先を探るが、どうやら気になる一本が探り当てられず、乱暴に左手の爪先で舌を探る。
「っつ」
爪で抓ってしまったらしい舌をベ、と出すと小さく血がにじみ始めるのが見えた。
「まったく君は乱暴な・・・」
モグモグとヤギのように口を動かしている様子が普段と違って幼く見えたのでしばらく観察をしていたが、所作の荒い子供にため息を付く。
「ほらこっちを向きたまえ」
「いーよっ」
「さっさと除去してお茶するぞ」
「お茶が目的かよ!」
「疲れたんだ」
正直な感想を告げる。
二人揃ってこんな所を歩いているのは、仕事の帰りなのだ。
本当、どうでも良い、下らない仕事だった。
オマケに立ちっぱなしで。
「もう疲れたなんてオッサンだな」
「髪を食べてるような子供に言われたくないな」
「んだと!」
グリン、と振り返って見上げて来たのを捕獲し。
「君のその歩みの速度では司令部に戻る頃には日が暮れるのでね」
「わ!」
ぐい、と顎を掴みあげた。
「口を開いて」
「離せっての」
「往生際の悪い」
無理やり親指を突っ込んで、口を開かせる。
「ふぇっ」
またも妙な言葉を発して、ジタジタと手足が動く。
「暴れたら取れないだろう」
「ふへっ」
イラ付いて、手近にあった街路樹に押さえつけた。
一見、子供をいたぶる軍人のような図だが、人通りも無い外れた道だから問題ない。
「舌を出せ」
「・・・」
今度は命令口調で言うとすると、渋々、と言った体でやっと舌先をチラと出した。
「あぁ、あった」
赤い舌に、細く短い金糸が。
先ほど傷を作った場所に一応触れないように配慮して、ゆっくりと指で舌を挟むように捕まえる。
が、ぬるり、と舌が逃げた。
「・・・君ね・・・、取る気あるのかね?」
「んむーーー」
本人の意思範疇外な事が屈辱なのか、子供はそっぽを向いて文句を言いた気な声を発する。
「いい加減にしたまえよ・・・っつ」
大きく溜息を付くと、前歯で軽く噛まれた。
このクソガキ。
グっと舌を押さえつけて、ガリ、と爪の先で少々乱暴に髪の毛を取り去った。
「って!」
「素直にならない君が悪い」
顎を掴んだまま、見下ろすと。
「頼んでねぇし!くっそ、傷が広がった気がする。治療代よこせよ」
ったく、散々な目に遭った、と文句を言う子供に、仕置きをしてやろうと目を細めた。
「あぁ、そうかね」
「顎も離せよ、痣になんだろ・・・んむっ!」
更に言い募る口を塞いで、舌を絡ませ、小さく鉄の味がする所をベロリと舐める。
「んむーーーっ! んーーーっ!」
暴れる身体を押さえ込んで、元々の原因の前髪を大きくかき上げ仰け反らせ、掌をそのまま首裏に滑らせた。
「・・・んんっ」
覆いかぶさるように唇を塞ぐと、段々と大人しくなる身体。
「ん・・・」
気づけば、深く、長く、唇を交わらせ。
びゅうっと吹いた風に、木の葉がザワリと音を立てたのを合図に唇を離した。
「・・・はっ・・・」
「傷の治療をしてやったぞ」
力なく凭れ掛かる子供に、小さく笑う。
「てめ・・・。どういうつもりで・・・」
「そんなの・・・」
嫌がらせに決まっているだろう、と言いかけて。
口元を押さえて俯いた子供の顔が真っ赤になっているのに気づく。
他意無く、嫌がらせ治療してやるぞ、と言う気持ちでやった行為だが。
そうか、ディープキスと同じだったな、と今更思い当たる。
もしかしたらこの子供のファーストキスかもしれない。
「あー・・・・。すまん、やりすぎた」
リアリストのエドワードの事だから、ファーストキスにロマンチックな夢を見ている、と言う事は無いだろうが、さすがにコレは可哀想だな、と思った。
「スマン、じゃねぇよ、このハゲ!」
「ハゲとは何だ! ハゲとは・・・」
下から涙目で悔しそうに見つめて来る顔は。
先程の余韻で頬に朱が挿し、唇も赤く濡れていて。
「・・・」
「おい、何とか言ったらどう・・・んっ?!」
吸い込まれるように、また唇を貪った。
他意などなかった筈なのに。
どうしようもない色気を感じてしまったのは何故か。
一応の反省したばかりなのに、どうしてまた彼の唇を奪っているのか。
その理由を考えながら小さな身体を囲うと、笑うかのように風が吹いた。