今年は猛暑を通り越して酷暑だと言う。
「暑いな」
「そーっすねぇ」
外出から戻りロイは思わず洩らす。
先程まで会っていた公爵夫人は庭が自慢だとかで、炎天下の元テラスで会合と言う苦行の時間であったのだ。
「お前は少し休憩取って来い」
「いーんすか? でも大佐のがキツかったんじゃ」
会合の間、ハボックはすぐ近くの空調の効いた待合室にいた。
「やる事がまだあるんでな。後でアイスコーヒー買って来てくれ」
「アイサー。あ、エドが来てるってみたいっす」
ハボックの一言にロイは自然と気が抜けた。
連日の業務に暑気払いとかで連日連夜パーティーだの腹の探り合いだのが続き、疲れていたので気の置けない彼と会話をしたいと思った。
ロイは昼食を取らずに真っ直ぐに執務室に戻る。
と、先に通されていたのか、金色のアンテナが見えた。
「やぁ、鋼の」
「大佐。おせぇよ」
予想通り、愛想も何もない顔でエドワードが振り向いた。
その表情に、作った笑みを貼り付けなくて良いと言うのはとてもありがたいものだと実感する。
「早く私に会いたいのは分かるがね。これでも忙しいんだ」
「誰が早く会いたいかっつーの!」
ハハハハハと爽やかに笑うと、例によって噛み付いて来て楽しい。
「で? 今日は報告書か? 資料室か?」
「両方! ・・・ん? アンタ何か顔色悪くねぇ?」
定席に戻るのに付いて来たエドワードが気付いたように言う。
「そうかね?あぁ徹夜が続いたからクマが出来ているか・・・っと」
エドワードに振り向き様、視界が揺れる。
「ちょっ、おい」
「―――あぁ、すまない。少しふらついただけだ」
エドワードが咄嗟にこちらの腕を掴んだ事により、ロイは踏みとどまった。
「・・・アンタ、何か忙しかったらしいけど、ちゃんと休憩取ってるか?」
「おや、心配してくれるのかね? 愛されているなぁ」
少し心配気なエドワードに笑って返すと、子供の頬が膨れた。
「ちげーよ! いつも偉そうに人の事ばっか言う癖に、自分が出来て無ぇじゃねぇかクソ大佐っつってんの!」
バシと拳を繰り出して来た少年を避け・・・た筈が、グラリと世界が回って。
「大佐?!」
子供の悲鳴と共に視界が暗転した。
◇◇◇
「あれほどお休み下さいと申し上げたのに」
「・・・すまない・」
ホークアイから説教を食らう。
あの後グッタリとした自分をエドワードが慌ててソファに寝かせて副官と軍医を呼んだらしい。
診断は寝不足と過労と熱中症。
連日の徹夜と先程の炎天下での会合が原因だ。・・・情け無い。
「飲み物をお持ちします。落ち着いたら今日はもうお帰り下さい」
そう言って副官が去る。
はぁ、と一息ついて辺りを見回してから、ひっそりとこちらの様子を伺う少年に気付く。
随分と大人しいので、副官の影に隠れて気付くのが遅れてしまった。
「鋼の。さっきはすまなかったね。ありがとう」
「・・・いや」
「睨まなくても大人しくしているからキミも行って良いぞ。ここは退屈だろう」
何故か部屋に残ったままのエドワードに退屈だろうとそう促す。
「あ、うん・・・。そう、だな」
珍しく歯切れの悪い口ぶりで言うエドワードに何か引っ掛かった。
「? キミも何だか顔色が悪い気がするが。大丈夫か?」
ロイが起き上がって覗き込もうとするのを、エドワードは払う。
「平気。何でもない。行くわ」
そう言ってエドワードは部屋を出て行った。
「?」
やはり普段と違ってやけに大人しい。
彼も機械鎧を付けているから熱に中てられたんだろうかと思っていると、入れ替わりに水を手にした副官がやってきた。
「どうかなさいました?」
「いや、やけに鋼のが大人しいのでな」
「・・・そうですね。エドワード君、随分心配していたので」
「鋼のが?」
自分を?心配?珍しい事もあるもんだ、とロイは首を傾げる。
「えぇ。・・・お母様が倒れた時を思い出したみたいですね。保護者である貴方が目の前で倒れて。エドワード君、顔色が真っ青でした」
「・・・」
思わず黙ると、得意の口八丁で安心させてあげて下さい、と副官は笑って出ていった。
目を閉じて、ぼんやりとした様子でこちらを見ていた子供の顔を思い出す。
確かにいつもと違って不安気だった。
母親が倒れた時もあんな風に不安そうに見ていたのかもしれない。
そう思っている内に疲労した身体は眠気を誘い、いつしか眠りに落ちて。
それから、泣いているエドワードの夢を見た。
あの、鋼の錬金術師が泣くだなんて。
でも不安な彼を抱き締めて大丈夫だよと安心させて慰めてやりたいと思った。
「・・・鋼の」
「・・・・・・・・なに」
小さく呟いて目を覚ますと、すぐ近くに件の子供がいた。
戻って来ていた事に少しばかり驚く。
様子を見に見てくれたんだろうか。
もしかして、夢と同じように不安でいたのだろうか。
「―――いや、何でもない。あぁ、報告書と資料、未だだったな」
「いーよ、そんなの明日で。早く寝ろ」
いつもは早くとせがむのに、ぶっきらぼうに言う子供が留守番をして親の帰りを待っている子供のようで妙に愛しくなった。
「鋼の」
「今度はなに?」
チョイチョイと呼び寄せると、素直に近付いて来た体。
「わっ!」
エドワードの腕を引っ張って自分の胸の上に倒す。
「ちょ」
「私はもう大丈夫だよ」
「はぁ? っつか何すんだよ!」
喚いて逃げようとする彼の手を取って、
「・・・私は生きているよ。ほら、心臓の音が聞こえるだろう?」
「え? わわっ」
グイと小さな彼の身体を抱きこんだ。
「生きている」
「・・・」
抵抗するかと思った少年はしばらくした後、大人しくなった。
それから、
「うん・・・。生きてる、な」
そう呟いてから、エドワードは顔を上げて少しはにかんだ。
「・・・」
その可愛らしい笑顔に。
ちょっと前まで父性愛的なものを感じていたのに。
気付くと心臓は違う意味でバクバクと音を立てた。
・・・いやいやいやいや、ちょっと待て。
「あれ? 大佐、何か脈早くね・・・? まだ具合悪いのか?」
「いや。・・・・・・・・・いや、あー・・・うん、そうかもしれん、な」
「自分の事なのに、分かんねーのかよ」
「・・・分からない、な」
「もしかしてもっと重い病気なんじゃ」
「・・・もしかしたら、そうかもな・・・あ、いや」
「え?! 大丈夫かよ?」
まったく。
まさか恋の病、だなんて。
洒落にならない。