コチコチコチ。
時計の秒針が、暗い書庫の中で響く。
コチコチコチ。
もう少し、もう少しで。
---オレの、生まれた日。
カチリ。
壁掛け時計の短針と長針が重なる。
「・・・っ」
床にうずくまって、顔を伏せる。
15年前の今日、生まれた。
優しい母と少しとぼけた父。
少し泣き虫な弟。
何処にでもある平凡な家庭。
---少し歯車が狂ったのは、父が出て行った辺り。
いや、錬金術に興味を持ってしまった幼い日の自分か。
父が居なくなって、母が病気で倒れて。
必死で錬金術を勉強して。
---結果、得たものは。
「・・・」
キシリ、と機械鎧が鳴る。
歯車が狂ったのは。
父が居なくなった事でもなく、
母が病気になった事でもなく。
錬金術を覚えはじめた事でもなく。
----オレが産まれたから。
オレが産まれていなかったらどうなってた?
父は・・・分からないけれど。
母はゆっくり療養出来たのかもしれない。
弟も錬金術に興味を示さなかったかもしれない。
何より、
「母を生き返らせよう」
そんな事を言い出す、やろうとする、そんな人物は出なかった筈だ。
アルフォンスを肉体のない身体にさせる事もなかった筈だ。
「---・・・オレ、何の為に産まれたんだろ・・・」
大事な人を不幸にしてばかり。
生きてこなければ、
産まれて来なければ。
「こんな暗い所で何をしているのかね?」
「っ!」
入り口の方から一筋の光。
廊下の光が洩れて来たのだろう。
「・・・何でもねぇ」
「そうかね? 何でも無いならそろそろここを施錠したいのだが」
「っこ、今夜ここに居たらダメか? 調べたいものが・・・」
宿に帰って、弟と会う勇気が。
「こんな暗闇でかね」
入り口に立ったまま、中には入って来ようとしない大人が溜め息をついた。
「いや、今これたまたま・・・」
「ほら、泣くならもう少し明るい部屋に」
「誰も泣いてねぇよっ!」
思わず振り返るが、ロイの顔は光を背負って逆光で表情が読み取れない。
「そうかね」
「そうだよ」
「だったらそこから出て来てくれないかね」
「だから調べたいものが、」
「出て来てくれないと」
「んだよ、得意の上官命令か?」
大人がしばし考えるような仕種をして。
「---抱き締められないじゃないか」
「・・・は?」
コツリ。
そう言って、自分のテリトリーだと言うようにしていた書庫の入り口の境界線を跨いだ。
「ちょ、来んなっ」
「部屋の所有権は私にあるが?」
コツ。
目の前に降り立った。
「っ分かったよ、出るから。出るから、アンタどっかに行っててくれ」
「君ね」
一筋の光源のおかげで淡さが加わった闇。
暗闇に慣れた目の前に、軍服の輪郭が捕らえられて。
「なっ」
「君の所有権も私にあるが?」
フワリ、と抱き締められた。
「何、言ってんだ、」
「言葉のままだよ」
もがいても、離されない強い腕。
こんな。
こんな暖かい腕に包まれる資格なんて自分には。
「はな、せ」
「嫌だよ」
「頼む、から」
「・・・エドワード」
普段呼ばれない名に、ビクリと身体が震える。
「---君は、私に会う為に産まれて来たんだよ」
低く、でも何処か安堵感を齎す声が告げる。
「なに、言って・・・」
「私に会って、怒っても、憎んでも良いよ。その為に生きてくれれば良い」
そうやって、そのエネルギーで自らの力にしてくれて構わない、と言う。
「---ただ、悲しみも辛さも、私に向けてくれ」
「・・・」
「全て、受け止めるから」
「たい、さ・・・」
ぎゅう、と力強く抱き締められて。
「そうやって、全て乗り越えて。弟を幸せに出来たら」
そ、と、頬を撫でられる。
「私に笑って欲しい」
闇に慣れた瞳が、男の顔を視覚に取り入れて。
優しい顔をしている表情が、---一瞬後、ぶれる。
「だから、泣いても良い。だって君は私に会って全てをぶつける為に産まれて来たんだから」
「っ」
「私は君の全てを受け止める為に産まれて来たんだから」
「〜〜〜〜」
顔が、歪む。
「今日は特別な日だよ」
「っく・・・」
「私には好きな事をして良いんだ」
「ぅ・・っく・っ」
軍服の背を握りしめて。
小さな嗚咽をあげる。
そっと、頭を撫でた大きな手。
耳許に、小さな声。
「産まれて来てくれてありがとう、エドワード」