「っとと、どの部屋?」
「・・・・・・・・あぁ、・・・廊下の奥の右手側の部屋だ・・・」
バランスを取りながら肩を貸している自分より体格の良い相手に尋ねると、少しの間があって答えが返って来た。
彼はこちらの肩に掛かっていない方の手で口許を押さえ、自宅だからか自分に身を委ねているのか、目を閉じたまま歩を進めている。
「入るぜ」
人の家の部屋、それも寝室らしいので一応声を掛けてからドアを開く。
廊下からの灯りに浮かび上がったのは、ベッドとクローゼット、小さな机があるだけの、良く言えば小奇麗な、悪く言えば殺風景な部屋だった。
「ほら、座れるか?」
「・・・大丈夫だ。ありがとう」
体重を移動させながら、家の主をベッドに降ろす。
「水、持ってくるな」
「すまないな」
言って、ロイはパタリとベッドに倒れこんだ。
たまたま東方司令部に寄ると、運が悪い事にセントラルから自分勝手で有名な将軍が来ていて、「君が鋼の錬金術師か」と無理矢理パーティーに出席させられる事になった。
声を掛けられると同時に、ロイがやんわりと「彼は未だ未成年ですから」と断りを入れてくれたにも関わらず強引に推し進められ。
最初は一人無理矢理連れて行かれそうになったのだが、厄介な相手とのトラブルを回避させようとしたのか、・・・自分が未だパーティーに慣れないお子様だと思われたのか、結局はロイも同行してきた。
未成年だと言うのに、断ってもパーティー主催の将軍や招かれた客たちにこれまた無理矢理酒を勧められて。
心の内で困っていると、それとなくロイが「彼のような子供にこんな良いお酒は勿体ないですよ。さすが将軍の目は最高ですね。是非ご相伴に預からせて頂けませんか?」と、憎まれ口に隠れて”代わりに”飲んでくれていた。
彼の部下曰く酒に強い男らしいが、自分の代わりに飲んだ分と、ロイ本人に嫌がらせのように一気飲みを強要されて飲まされた分とで、自分は気付かなかったが大分酒が回っていたらしい。
屋敷を出る時までは涼しい顔をしていて、将軍が幾分か悔しそうな顔をしていたけれど、自宅付近で送迎された車から降りた途端にふらついた。
君はそのまま帰れと車に置いてかれていたが、そんなのを見て原因は自分だけに放っておける筈も無く追いかけた。
―――そして今に至る。
「大佐、水」
「・・・・・・・・あぁ、ありがとう・・・」
横になっていた男は半身を起こしグラスを受け取り、一気に呷った。
それからまたパタリとベッドに倒れこんだ。
眉間には少し皺が寄り、目を閉じてゆっくりと呼吸をしている。
この男がこんなにもグッタリしている様を見た事が無い。
「・・・あの、さ、大丈夫・・・?」
「・・・大丈夫だよ」
少し不安になって体調を尋ねるが、また少しの間があって小さく安心させるかのように笑って言った。
「他に何か要る?」
「水を貰ったから、落ち着いたよ」
「ほんとに?」
ポーカーフェイスで無理をしそうな男に疑わしげに問うと、ロイは苦笑した。
「本当だよ。・・・でも、そうだな・・・出来れば上着を脱がしてくれるとありがたい。頭を動かしたくなくて」
ちょっとグワングワンしていてね、と困ったような様子で言った。
「分かった」
横になった男の軍服の合わせを外して、肩から抜いて引っ張った。防弾用に厚く出来ているのか、近くの椅子の背に掛けるとドサリと重い音がした。
その間もゆっくりと呼吸を整えながら目を閉じたままの男に、少し迷ってワイシャツのボタンを2つ3つ外す事にした。
それにも特に抵抗する事も無いから勝手に触っても大丈夫と言う事だろう。
顎の近くで触れた男の息は少し熱い気がした。
至近距離に少し緊張したがあの漆黒の目が閉じられていて良かったと、ボタンを外して離れる。
実際のところやはり息苦しかったのがボタンを外す事により開放されたのか、寛げられた襟元にロイが細く長い息を吐いた。
「・・・えっと、その、・・・ゴメンな?」
口八丁で自分に勧められた酒を全部飲んでくれたロイ。さすがにあの量は、と酒を飲まない自分でも思う。
「君が謝る事じゃない。大体、断っている者に、しかも未成年に酒を勧める方が間違っている。気にするな」
ロイがサラリと言う。
普段軽い言葉ばかり吐いているのに、こういう事はいつもちゃんとしていて。
妙な所で真面目な人間だなと思う。
「・・・顔色悪いぜ? 薬とかいる?」
赤くならない体質なのか、それとも具合の悪さが勝っているのか、心なしか青白い顔をしている気がするので訊いてみたが、ロイはやんわり笑った。
「大丈夫だよ。・・・心配してくれるのかい?」
「べ、別に! そんなんじゃ、ねぇ、けど・・・」
「優しいね」
「・・・アンタこそ、普段オレをからかって遊んでる癖に、こう言う時だけ大人ぶって妙に優しいじゃん」
こちらが気にしている事を察して、わざとからかい口調で言って来たのだとは思うが。
優しいなどと言われた事が居たたまれなくて、つい文句を言う。
と。
「・・・・・・・別に大人ぶった訳でも優しくした訳でもないよ」
「後見人、のお仕事だもんな」
優しくした訳ではない、と言う言葉に少しだけガッカリしたような気分になる。
「・・・そうじゃなくて・・・酔った君を人に見せたくないだけだよ」
「・・・どうせ子供だから酒に弱いですよ」
実際の所分からないけれど、酒で暴れそうと思われていそうだよな、と、少しだけ拗ねる。
そもそも、そう思われたからこそロイが今回着いて来たのだろう。
内心溜息を付く。
―――――――が。
「違うよ。頬を染めた君に誰かが手を出したらと思うと耐えられない」
「は?」
頬?
「・・・だって、好きな子を守りたいと思うのは当然だろう」
ゆらゆらとしたような口調で、男が何事かを発した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「私が守りたかっただけだよ」
何事と言うか、何か、今、凄い言葉が色々混じっていたような。
「・・・・・・・・・あぁ、酔っているせいかな。つい本音が・・・」
君が介抱してくれるなんて夢みたいだ・・・、と呟いて、爆弾を投下をした男は眠りに落ちた。
「・・・・・・・・・え?」
好きな子?
本音?
―――――って?
聞き返してみても、男はスースーと安らかな寝息を立てていて。
「え?・・・えぇ?!」
問題発言をした男は幸せそうな寝顔を晒したまま答えず。
後には酔っ払いの顔よりも真っ赤な顔になった少年が残った。