「チェックメイト。」
「あ! あーーー!」
カツン、と音を立てて、彼のキングを奪う。
悔しそうに盤面を睨む子供。
「さて。」
「!」
チラリ、と見やると、ギクリ、と強張る身体。
「何をして貰おうかな。」
にっこり、と笑いかけると、ヒクリ、と引き攣った顔をした。
いつもの様に、唐突にやってきた小さな錬金術師兼恋人は、
部屋に飾ってあった、珍しい細工が施された、総ガラス造りのチェスに目を留めた。
「何?これどうしたの?」
「ん? あぁ、ちょっと前に軍で助けたご老人が、どうやら高名なガラス職人だったようでね。
お礼に、と送って来てくれたんだよ。」
「ふぅん。」
もの珍しそうにいじって。
「なぁ。大佐ってチェスやんの?」
「ここのグラマン将軍はチェスがお好きでね。
時々対戦に呼ばれたりするよ。」
好奇心いっぱいの顔で問われて、ふ、と笑みが洩れる。
「強い?」
「残念ながら、将軍には勝てた試がないな。」
他の者には負けた事はないが、と、心の中で続けた。
「へぇ。将軍強いんだ。じゃあ・・・。」
キラリと光った目に、次の言葉は予想出来た。
「勝負しようぜ!」
そして。
一頻り、卑怯だ、汚い大人だ、と罵詈雑言を浴び。
「確か、負けた方は勝った方の言うことを1つ、何でも聞くんだったな。」
「そうだったっけ?」
そろーっと目を逸らした子供を見のがす訳もなく。
「往生際が悪いな。」
「アンタに言われたくねぇ。」
「では、男らしく受けたまえよ。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜わぁったよ。何?!」
不機嫌そうにそっぽを向いて、腕を組む。
「そうだな・・・。」
「時間ねぇから、手短な奴な。」
「手短ね・・・。」
「10秒以内に言わねぇと、時効だ。」
「・・・君ね。」
「オレは忙しいんだ! カウント始めるぞ!」
「全く。・・・そうだな、では・・・。」
理不尽な規約は流して。
彼の場合は、短気だから本当に10秒後には出て行きそうだ。
まぁ、律儀な子だから、反故にする事はないだろうが。
さて、短くて楽しめるもの、と言ったら・・・。
「じゅーーう、きゅーう・・・」
「キスを。」
「はぁー・・・は?」
クリン、と振り向いた目は丸くなっていた。
「だからキスを。君から。」
「はぁあ? そんなん却下だ!」
「君の要求通り、手短に済むが?」
しれっとして応えると、顔を真っ赤にして喚く。
「んな事できっか! 他だ、他!」
一応付き合ってはいるし、キスもした事はあるが、
照れ屋な彼からくれる事は今までなかった。
「何でも言うこと聞くんじゃなかったのか?」
「とにかく別のだ!」
律儀な上にで義理堅くもある彼だから、詰めれば、何とか事の運びとなりそうだが、
もうちょっと、色んな反応が見たいな、と思い、
渋々と言った振りをしながら次の提案をする。
「・・・まったく。照れ屋だな。」
「うるせぇ! オラさっさとしろ!」
「チンピラかね、君は。」
「なぁーな、ろぉーく・・・。」
「せっかちだなぁ。少しは楽しみたまえよ。」
「オレは楽しくねぇ! よってさっさと終わらす!ごぉー、よーん・・・。」
「・・・では。」
チロリ、と見やると、顔に朱を残したまま、警戒心丸出しの猫のように睨まれる。
「”ロイ大好き。”と、耳元で囁いてくれ。」
「っなっ!」
更に赤くなって、口をパクパクした。
可愛いなぁ。
「これも君の為に手短コースにしたが?」
「エロオヤジ!」
「・・・何故そうなる。」
ガクリ、とうな垂れる。
名前で呼んで欲しい、と常々言っているのに中々呼んではくれないし、
照れてタイミングを失っているのだろうから、良い機会だと思ったのに。
何だ、その評価は。
「君ね。自分で条件出しておいて、しかも敗者の立場だと言う事をわかっているかい?」
「もうちっと悪趣味じゃない奴にしやがれ!」
「悪趣味とは何だ。恋人同士ならば、日常動作に変わりないぞ。」
「何処が日常動作だ! 変態!」
また素敵な評価を食らう。
「変態と言うのは、賭けに乗じて、君にメイド服着てくれ、とかミニスカートをとか、そう言うものだ。」
我ながら、変態のツボを抑えた提案だ。
見るとエドワードは、メイド・・?と小さく呟いて考え込んでいた。
君のような健全思考には、いまいちピンと来ないのかもしれないな、と思っていた時。
「・・・よし! メイド服だな! それで条件飲んだ!」
「は?」
確かに、見て見たくない訳ではないが、自分の意図とは別な方向に話が進んでいる気がする。
「服あるのか?」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ。」
若干クラクラする頭を抑えながら、一回決めたら即行動の子供はキョロキョロと辺りを見回す。
「執務室にメイド服なんかある訳ないだろう。何処か制服卸をやっている店とか・・・ではなくて!」
「なんだよ、店じゃなくて、誰か知り合いで持ってる奴いんのか?」
「そうではない。君、私とキスするよりも、名前を呼ぶよりも、メイド服の方が良いのかね?!」
そうだ、問題はソコだ。
誰よりも男らしい彼が女装は許すのに、何故キスは拒まれるのだ?!
「別に他の人の晒す訳でもないし。罰ゲームっぽいから見られても言い切れるし?」
「却下だ、却下。」
「言った本人が却下ってなんだよ。」
「私は例題で言っただけだ。私の望みな訳じゃない。」
えー?と不満そうな子供に
「でも、見てみたいなー、とかちょっと思ったろ?」
「それは・・・まぁ・・・。」
短いスカートを履いて、髪をツインテールにして「お帰りなさいませ、ご主人様。」なんて
お出迎えして貰ったら・・・。
いやいや、私のツボはそこじゃない。
どちらかと言えば、大きめのシャツ(出来れば自分の)1枚を着て、
ブカブカな袖口から覗く指先だとか、膝上位に来る裾だとか、ずり落ちそうな肩、
ギリギリなラインの胸元だとかの方がよっぽどツボだ。
あぁ、良いな、いつかやってもらおう。
そして押し倒して、シーツに金糸を散らさせて、シャツの裾から・・・、
と、充分変態な妄想をしていると、
「じゃ、良いじゃん。」
アッサリとした声で何処にあるかなー、と言い出した彼に我に返る。
「待ちたまえ! とにかく、キスか名前を呼ぶか、どちらかだ!」
今はメイドじゃない!(どうせやるならシャツだ!)
有無を言わせないかのように、小さな両肩をしっかりと掴む。
「・・・なんで勝った方がそんなに必死なんだよ?」
余りの真剣さに押されたのか、多少たじろいだように猫目が伺う。
「必死にもなるさ。君からのキスが欲しいし、名前も呼んで欲しい。
普段どんなに頼んでも、してくれないじゃないか。」
「っ・・・!」
言った途端、再度真っ赤になる子供。
ぷい、と顔を逸らせた彼は耳まで赤い。
あぁ、やはり可愛いなぁ。
小さく、何言ってんだ、とプクリと尖らせた唇からキスが貰いたいし、甘く囁いて欲しい。
まだ、触れていない身体にも指を滑らせ、その小さな耳朶を食みたい。
本当は、そういった欲望を乗せる事も可能だが、賭けの代償になんてしたくない。
妄想はさておき、彼自身がそうしても良いと思うまで、ゆっくり時間を掛けようと思う。
「・・・キ・キ・・・キス・・・なんて、アンタ勝手にしてくる、し、
・・・た、たかが名前じゃねぇか。」
「そのたかが名前も呼んでくれないじゃないか。」
チラ、と金目が私を伺うように見て、キュ、と唇を噛み締めた。
どうも錬金術ばかりで、情緒麺が育っていない子供は、名前を呼ぶのも一苦労らしい。
そんなに難しい要求では無いと思ったが、
唇を噛んだまま、困ったように眉を寄せうついむいた子供を見て。
無理をさせるつもりもないし、十分可愛い反応も見られたし、
ここらで引くか、と肩に置いた手の力を緩めた。
ふ、と安心させるように笑って。
「・・・では、1ヵ月後に必ずまたここに元気な顔を出す、と約束してくれ。」
戻るのも数ヶ月に1度とか、下手すると電話も1ヶ月に1度も無くなる彼にとっては、相当短期での帰還を依頼するが、
そう、無理な事ではないだろう。
「へ・・・?」
「困らせて悪かったね。でも必ず1ヵ月後にまた会えるなら嬉しい戦利品だ。」
驚いたような彼に笑いかけると、
何かもの言いた気に視線を彷徨わせて、少し傷付いたような顔をした。
そして。
「・・・さん・・・にぃ・・・」
「さすがにもう却下は受け付けないよ?」
また小さくカウントを始めた彼に、肩を竦める。
困らせたくないから、欲しい願いは下げたのだから、
コレ位はせめて叶えて欲しいものだ。
「・・・な・・・・・・・ぇよ。」
「ん?」
ポツリと呟いた声が聞き取れなくて、顔を寄せる。
「そんな、拗ねた顔してても説得力ねぇよ。」
キッと睨まれて。
右手で襟元を掴まれて引っ張られる。
「なに・・・。」
「・・・いち。」
「・・・・・・!」
小さな左手で頬を包まれ、
ちゅ。
と唇を小さく啄ばまれた。
何が起こったか脳がついてこなく、みっともなくも呆然とした自分に、
首まで真っ赤な彼が怒った顔で
「また、来月・・・。・・・・・・・・・・・・・・ロイ。」
小さく言い捨てて、脱兎の如く執務室を出て行った。
「な・・・・・・・。」
反応が遅れて、引き止められなかったのは悔やまれるけど、
今、この赤い顔を見られなくて良かったと思いつつ。
「・・・やられた・・・。」
口元を抑えて。
大きな戦利品を落としていってくれた、小さな錬金術師。
何だかんだで、お願いを殆ど叶えてくれた事に気付く。
「全く・・・君には適わないよ・・・。」
緩く、温もりを残してくれた唇をなぞった。